元卓球女子日本代表の、石川佳純(いしかわ かすみ)さん。
その美貌で人気を集め、引退後もスポーツ解説者やタレントなど、マルチに活躍していますね。
そんな石川佳純さんですが、家族構成が気になっている方も多いのではないでしょうか。
今回は、石川佳純さんの家族構成について、調査しました!
ぜひ、最後までご覧ください。
石川佳純の家族構成

石川佳純さんは、両親と妹の4人家族です。
父 :石川公久(いしかわ きみひさ)
母 :石川久美(いしかわ くみ)
長女:石川佳純選手
次女:石川梨良(いしかわ りら)
石川佳純さんは、卓球一家で育ったようですね!
石川佳純さんの祖父母も、皆さん卓球の大ファンだったそうですよ。
ご家族について、詳しく見ていきましょう。
石川佳純の父親の職業は?どんな人物?

役員に就任している、かなりのエリートのようですね。
会社員をしながら、卓球も趣味で続けています。
ミックスダブルスの日本代表になったこともあります。
現役引退後も、日本大手の卓球メーカー主催「ニッタククラブ」に所属していました。
その後、仕事の都合で山口市に引っ越し、近所の卓球クラブに入っています。
自宅に卓球場を建設

卓球クラブを設立します。
母の久美さんは当時、仕事や家事育児で倒れそうになっていました。
当時は近くに練習場がなく、2時間かけて卓球の練習へ。
石川佳純選手は小学校2年生で、全国バンビの部で優勝。
そこで、「自宅に卓球場を作れば、遠くの練習場に行かなくて済む」と提案。

夫婦ともに趣味が卓球なので、家に卓球場があれば、老後も楽しめると考えたとか。
とはいえ、1階に卓球場、2階に住居を建設するのは、業者を探すのも大変だったそうですよ。

「『卓球をやりなさい』と言ったことは1度もない。急に本人がやりたいって言い出したから、じゃあやろうかっていうぐらいだった。今の強い選手って結構小さい時から親御さんがスパルタでやったりとかしてるけど、うちはそんなのほとんどなかったなあ」
引用元:日刊スポーツ
卓球選手によくある熱血指導は、してこなかったようですね。
そんな父は、現在福岡で単身赴任中。
将来の夢は、石川佳純さんを超える選手を育てることです!
石川佳純の母親の職業は?どんな人物?


久美さんは、高校2、3年生のときに、インターハイに出場するほどの実力でした。
父との結婚と同時に、卓球選手を引退。
石川佳純さんが幼少期は、コーチ的存在でした。
大学時代に父と出会う


歓迎会で公久さんが替え歌を歌い、みんなを笑わせていたとか。
大学卒業後は、福岡日産自動車で卓球選手として活動しており、結婚を機に山口県に移住。
後に石川佳純さんが誕生し、子育てに没頭。
1分以上泣かせたことがないほど、すべて育児に捧げていました。
石川佳純さんは2歳から公文、3歳からピアノ、バレエ、水泳を習っています。
超がつくほど教育熱心なママだったようですね。


小学校1年生のときに、石川佳純さんが卓球をやりたがったときは、「正直困ったな」と思ったそうですよ。
次女も生まれ、子育てに大忙しの中、卓球を教え始めます。
国体の山口県代表に選ばれる


母は子育ての傍ら、練習時間を確保して、卓球選手に復帰。
子育てしながら、アスリートとして活躍するのは、本当にすごいことですね。
そのとき娘に負けたため、これを機に久美さんは現役を引退したそうですよ。


卓球を始めてわずか3~4年で、母に勝利するとは、よほどの才能ですね。
このことは、石川佳純さんが現役引退後に、トーク番組で初めて知ったそうですよ。
日本から、炊飯器とお米を持参していました。
母はハーフ?


ハーフに見えるというだけで、実際は純日本人です。
ちなみに母・久美さんの先祖は、黒田官兵衛につかえていたとか。
関ケ原の戦いにも参加していたそうで、戦国武将の家系からオリンピック選手が出るのは、すごいことですね。
石川佳純に兄弟はいる?


梨良さんも幼少期から卓球をはじめ、中学入学と同時に実家を出ています。
難と大学時代は、主将をつとめていたそうですよ。


大学在学中に、平野美宇選手らが所属する「木下アビエル神奈川」に所属。
「姉妹でオリンピックに」という目標を語っていただけに、惜しまれますね。
現在は、一般の会社に就職しているようです。


石川佳純さんを支える、とても大事な存在なんですね。
まとめ
今回は、石川佳純さんの家族構成について、紹介しました。
石川佳純さんは、両親と妹の4人家族で、家族全員が卓球経験者という環境で育ちました。
国体出場経験もある母に、小学生で勝利しているので、幼いころから才能が開花していたのですね。
これからの活躍も、楽しみですね!
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